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◆目 次◆
1)続、戦争について。

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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2008/03/13号☆☆☆

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┃1 ┃ 続、戦争について。                      ┃
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 六十二回目の終戦記念日を迎えてから、もうすぐ七ヶ月が来ます。
 帝国の終焉を紹介します。
 先日のテレビ放送においてもパール判事の書いた本が紹介されていた。
 何か悪い事をした後にその事へ対する罰則を作ってはならないのである。
 勝者が敗者を裁く事は極普通である。だがそれが全て正しいものばかり
だとは限らない。正に目くそが鼻くそを裁いたようなものである。
 米英欧は過去において、戦争によってアジア各国をもぎ取って行った。
 戦争に勝ったのだからなんでも自分が正しい、という理屈でである。世
界が成熟した今ならば、世界の非難を浴びることになるであろう。
 先の戦争責任については、日本だけが戦争終結後に作られた法律によっ
て裁かれた。しかし本当の戦争責任を追及して裁くならば、欧米各国のア
ジア諸国へ対する植民地政策そのものの是非から裁いて行かなければなら
ない。
 しいて言うならば、江戸時代末期、ペリーが黒船を率いて来日し、東京
湾へ来航して、大砲をぶち込んだその時からの責任を追及しなければなら
ない。


               帝国の終焉

   東条大将の逮捕

   一

 九月二日、ミズーリ艦上での調印式が終了すると、サザランド参謀長とマーシャル参
謀次長は鈴木九万公使を呼んでこう告げた。
「総司令部はでき得る限り近々に東京へ進駐する。そのため三班の視察調査団を派
遣するから、それぞれ案内するように」
 日本側で東京進駐を歓迎しないのは云うまでもない。何よりも爆撃を免れた建物はほ
とんどなく、皇居までがすっかり焼けてしまっている。
 さらに気にかかるのはポツダム宣言の中の「天皇の主権は一時軍司令官の制限下
におかれる」という条項であった。総司令部が陛下のおわす東京に進駐して来て、事ご
とにその制限ぶりを見せつけられるようなことがあるとせっかくおさまりかけている
「承詔必謹」の国民の怒りがまたまた爆発しかねない。でき得れば総司令部は横浜に
設置して貰いたかったのだが、実際のところ、そこまで交渉してゆく心の余裕も時間も
なかった。
 それに相手は永い間、「東京へ--」を合い言葉にして進攻して来ているのだから当然
のこととも云える。
 とにかく人手が足りないからと視察団を二つにして貰って、始めてわが首都へ進駐軍
の足跡が印されたのは翌三日であった。
 この事は、有史以来、敵に侵されたことのない日本の国体の上では忘れることのでき
ない悲しい屈辱の日であった。いや、日本ばかりではない。このミズーリ号の調印式と
前後して忘れてはならない二つの事件が東亜の諸民族の上に起こった。
 その一つは同じ九月二日にベトナム民主共和国の建国宣言がなされた事であり、九月
八日には、朝鮮の北緯三十八度線以南に、アメリカ軍が進駐していったという事件であ
る。
 この事が、実は、世界史的な視野からすると、この東亜における第二次世界大戦の本
質を、ゆくりなくも露呈して見せた大事件だったと云える。
 アメリカ軍が三十八度線以南に急遽進駐していったということは、云うまでもなくそ
れ以北ヘソ連が侵入して来て、捨ておくと朝鮮全土がこれに掠奪されるとアメリカの側
で見た結果だ。
 ベトナムにしても同じである。今までフランスの植民地として搾り尽くされて来てい
た黄色人種の越南人が、フランスから独立しようとして苦悩して来たこの苦悩の鎖を、
巧妙にソ連に取って変えられたということ以外の何ものでもなかった。
 民族主義の立場からすれば、フランス製の鎖を断って、ソ連製の鎖を選んだというこ
とで、その後二十五年余、未だに同胞が二つに裂かれたまま血で血を洗っているのが何
よりの証拠であろう。
 むろんこの両者の対決は日本でも例外ではなかった。
「マッカーサー回想記」(津島一夫訳、朝日新聞社刊)によれば、当時ソ連は、強硬にソ連
軍も日本進駐を主張して、分割占領を策していたことが暴露されている。
これについてマッカーサーは、
「ソ連は、占領当初から、問題を起こしはじめた。ソ連に北海道を占領させて、
けっきょく日本を二つに分けろという要求を持ち出したのだ。ソ連軍は、最高司令官
の指揮下に置かず、最高司令官の権限から完全に切り離すべきだとも云いはじめた、
 私は真正面からそれを拒否したが、デレビヤンコ将軍は罵らんばかりの調子で、ソ
連はかならず私を最高司令官の職から罷免させてみせるとおどし、私が承知しようが
すまいが、ソ連軍はとにかく日本に進駐するとまで極言した」
 マッカーサー元帥はアメリカ人の中でも第一級の自信家だ。世界で最も極東通であ
り、日本人には武士道があるからと云って、コルン・パイプをくわえて散歩にでも来た
かのように厚木へ降り立つような人物だけに、こうしたデレビヤンコの脅迫はよほど肚
に据えかねたものらしく、
「もしソ連兵が、一兵たりとも、私の許可なく日本に入ったら、デレビヤンコ将軍
も含めて、ソ連代表部の全員を即座に投獄するまでだ」
 そう答えたと、誇らかに書き残している。
 デレビヤンコは唖然としてマッカーサーを見つめていたが、
「全くの話、君ならそれをやってのけるだろうね」
 そう答えて、この問題は沙汰やみになったと云っている。
 マッカーサー元帥のこの拒否は、云うまでもなく、アメリカ自身の利益から出ている
のだが、そのため日本が、ドイツや、べトナムや、朝鮮半島のような民族分裂の悲劇か
ら救われたということは、終戦後「第三の天佑-」に挙げてよいことだったと私は思
う。
 はじめて敗戦を経験した大和民族にとって、まことに危機は怒濤のように間断なく襲
いかかっていたのだ……
 マッカーサー元帥は上機嫌であった。日本人が、彼の信じたとおり、武士道的な精神
で、内外併せて七百万の武装解除という史上に類例のない大事業が成功しそうな見透し
がついて来たからだ。
 事実彼は、十月十六日の声明で次のようにこの事を自画自讃している。
「−今日、日本全国にわたって日本軍は復員を完了し、もはや軍隊としては存在し
なくなった。歴史上、戦時、平時を通じ、アメリカでもその他の国でも、これほど敏
速かつ円滑に復員が行なわれた例を私は知らない。日本はあらゆる種類の陸、海、空
兵力を禁止されている。その結果、日本が国際問題で軍事力、乃至軍事的影響力を振
るうことはできなくなり、日本は今後生存してゆくためには、平和的手段に道を求め
ざるを得なくなったのである。約七百万の兵士の投降という史上に類のない困難かつ
危険な仕事は、一発の銃声もひびかせず、一人の連合軍兵士の血も流さずにここに完
了した、私は、わが部隊のみごとな行動に重ねて、称賛の意を表したい……(後略)」
 こうしたマッカーサーもソ連に拉致されたおびただしい数の日本軍の捕虜には手が届
かなかった。
 ソ連はマッカーサーに日本進駐を拒否された肚いせに、樺太、千島を占拠したのち、
満州、北朝鮮、樺太、千島にあったわが軍民併せて約二百十二万六千人をソ連領内に拉
致して、千二百以上の収容所に入れ、数年間強制労働を課して、数十万の餓死者を出す
という非人道的な残虐の限りを尽くしたのだが、それは後のこと……
 占領軍の進駐は、その最高司令官の声明のように椅麗ごとで済むものではなかった。
 彼自身がいかなる高潔な理想的軍司令官であったとしても、戦場からやって来る部下
がすべてそう紳士であるとは限らない。
 一例をあげれば彼らが最初横浜に駐留した夜から新しい恐怖は東京にのびていて、今
となっては、それが誰であったか確かめようもないが、佐官級数名の者がジーブで日比
谷警察署に乗りつけ、
「−女を世話しろ!」
 彼らは日比谷署を警視庁と間違えたものらしいが、それにしても、こうした要求は、
勝利者の当然の権利と考えているのが戦争の実態なのだ。
「そうした女はおりません」
 当然署員はそう答えた。すると彼らは公園から街路を歩いている女性を指さして、
「あのようにいるではないか、すぐに世話しろ」
 と、銃口を向けて食いさがる。それが良家の子女であることを納得させるために脂汗
を流して、さっそく問題は警視庁に持ち込まれた。
 当時の警視総監は坂信弥氏であったが、そんな風だから婦女子は外出もできないこと
になり、坂総監はさっそく内閣に呼ばれて、近衛公から直々に、
「日本の娘達を守ってやってくれ。この問題は一部長に任せず、君が先にたってや
るように」
 そう指示されて、警視庁が率先して、「特殊慰安施設協会」(RAA)の設置に狂奔す
るという悲しいことになった。
 良家の婦女子を護るためというので、その道の専門家が急遽動員されたのだ。この資
金は当時の金で三百万円を勧業銀行から借り出して、あちこちに焼け残っている空邸宅
が買いあさられた。当時世田谷の私の隣りにも、その将校用のクラブができて、困りき
ったことがある。
「一発の銃声もひびかせず……」
どころか、泥酔した将校が、女たちに打ち放すのか、それとも喧嘩しているのか、銃
声などは、ちっとも珍らしいことではなかった。
 今でも思い出すと、噴き出したくなるのは、どこの国にも民衆の中に卑屈な阿護者が
いるものだということだった。よせばよいのに、このクラブの門内へ日本のお祭りを見
せようというので、ワッショイ、ワッショイとお神輿を担ぎ込ませた奴が町内にあっ
た。とたんに中から続けざまにピストルの乱射!びっくりして飛び出してみると、相
手はお神輿を日本人の奇襲と錯覚し、まっ蒼になって震えながら威嚇射撃をやってい
た。
 そうした事件は市中には幾らもあった。しかし占領や進駐にはつきものなのだから事
故のうちには入らない。というよりも、相手がどのような無理を云っても、一方がおと
なしくそれをきき入れて泣き寝入りしているのだから、事故にも事件にもなりようがな
い。それを責任者が、
「至って平静である」
などと報告するから、マ・元帥のようになるのである。

                         【山岡荘八著抜粋】
                                明日へつづく

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ おわり ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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編集者:[ポパイ]      発行責任者:竹林 傑

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