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☆☆☆小豆島ドットコム週刊ウエヴマガジン☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 | ◆目 次◆
1) 壺井栄原作「二十四の瞳」演劇上演!!
2) 二十四の瞳の紹介 |
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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2002/09/04号☆☆☆
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┃1 ┃ 壺井栄原作の「二十四の瞳」9月1日(日)演劇上演
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◆岬の分教場が建築されてから百年になるのを記念して、
「二十四の瞳」演劇上演◆
去る9月1日の日曜日土庄町中央公民館大ホールにて、「二十四の瞳」
の演劇が上演されました。会場は満員で、映画でも十分感動された方も
多いと思いますが、演劇でも大変感動され、すすり泣きする観客もあり
ました。筆者も幾度となく涙を誘われ、ハンカチを持っていなかったの
でシャツの裾で目をぬぐいました。今でこそ言論の自由が有り過ぎる程
ですが戦時中や戦後まもなくの事、反戦の思想を伝えるのには大変な勇
気が必要だった事と思います。
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┃2 ┃ 二十四の瞳 九回目
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二、まほうの橋
とっぱなまで四キロの細長い岬のまん中あたりにも小さな部落がある。
入り海にそった白い道は、この部落にさしかかるとともに、しぜんに岬
をよこぎって、やがて外海ぞいに、海を見おろしながら小石先生の学校
のある岬村へとのびている。この外海ぞいの道にさしかかる前後に、本
校へかよう生徒たちと出あうのが、まいにちのきまりのようになってい
て、もしや、すこしでも場所がちがうと、どちらかがあわてねばならぬ。
「わあ、小石先生がきたぞう。」
きゅうに足ばやになるのはたいてい生徒のほうだが、たまには先生の
ほうで、入り海ぞいの道でゆくてに生徒のすがたを見つけ、あわててペ
ダルに力を入れることもある。そんなとき、生徒のほうの、よろこぶま
いことか。顔をまっかにして走る先生にむかって、はやしたてた。
「やあい、先生のくせに、おくれたぞう。」
「月給、ひくぞう。」
そして、わざと自転車のまえに法度する(通せんぼする)子どもさえあ
った。そんなことがたびかさなると、その日家へかえったときの先生は、
おかあさんにこぼした。
「こどものくせに、月給ひくぞうだって。かんじょうだかいのよ。いや
になる。」
おかあさんはわらいながら、
「そんなこと、おまえ、気にするばかがあるかいな。でもまあ、一年の
しんぼうじゃ。しんぼう、しんぼう。」
だが、そういってなぐさめられるほど、苦痛を感じていなかった。な
れてくると、朝早く自転車をとばす八キロの道のりはあんがいたのしく、
岬をよこぎるころにはスピードが出てきて、いつのまにか競走していた。
それがまた生徒の心へひびかぬはずがなく、まけずに足が早くなった。
シーソーゲームのようにおしつおされつ、一学期もおわったある日、用
事で本校へ出むいていった男先生はみょうなことをきいてかえった。
この一学期間、岬の生徒は一どもちこくしないというのだ。かた道五
キロをあるいてかよう苦労はだれにもわかっていることで、むかしから、
岬の子どものちこくだけは大目に見られていたのだが、ぎゃくに一ども
ちこくしないとなると、これはとうぜんほめられねばならぬ。
もちろん、一大事件としてほめられたのだ。男先生はそれを、じぶんの
手がらのように思ってよろこび、
「なんしろ、ことしの生徒んなかには、たちのよいのがおるからなあ。」
五年生のなかにたったひとり、本校の大ぜいのなかでも群をぬいてでき
のよい女の子がいることで、岬からかよっている三十人の男女生徒がち
こくしなかったようにいった。だがそれは、じつはおなご先生の自転車
のためだったのだ。しかし、おなご先生だとて、そうとは気がつかなか
った。
そしてたびたび、この岬の村の子どもらの勤勉さにかんしんし、いた
ずらぐらいはしんぼうすべきだと思った。そう思いながら、心の中でじ
ぶんの勤勉さをも、ひそかにほめてやった。
−わたしだって、とちゅうでパンクしたときにちこくしただけだわ。わ
たしは八キロだもの−
などと。そしてまどの外に目をやり、じぶんをいつもはげましてくれる
おかあさんのことを思った。おだやかな入り海はいかにも夏らしくぎら
ぎら光って、母のいる一本松の村は白い夏雲の下にかすんで見えた。あ
けっぴろげのまどから、海風がながれこんできて、もうあと二日で夏休
みになるよろこびが、からだじゅうにしみこむような気がした。だが、
少しかなしいのは、なんとしても気をゆるさぬような村の人たちのこと
だ。それを男先生にこぼすと、男先生はおく歯のない口を大きくあけて
わらい、
「そりゃあむりな注文じゃ。あんたが、なんぼねっしんに家庭訪問して
もですな、洋服と自転車がじゃましとりますわ。ちっとばかりまぶしく
て、気がおけるんです。そんな村ですからな。」
おなご先生はびっくりしてしまった。顔を赤らめ、うつむいてかんが
えこんだ。
−着物きて、あるいてかよえというのかしら。往復四里(十六キロ)の
道を・・・・・。
夏休み中にもなんどかそれについてかんがえたが、決心のつかぬうち
に二学期がきた。暦のうえでは九月といっても、長い夏休みのあとだけ
に、暑さは暑さいじょうにこたえ、おなご先生の小さなからだはすこし
やせて、顔色もよくなかった。その朝家を出かけるとき、先生のおかあ
さんはいったのである。
「なんじゃかんじゃゆうても、三分の一はすぎたではないか。しんぼう、
しんぼう。もうちょっとのしんぼう。」
手つだって自転車を出してくれながら、なぐさめてくれた。しかし、
先生でもおかあさんのまえでは、ちょっとわがままをいってみたくなる
ことは、ふつうの人間とおなじである。
「あーあ、しんぼ、しんぼか。」
はらでもたてているように、さあっと自転車をとばした。しばらくぶ
りに風をきって走るこころよさが身にしみるようだったが、きょうから
また、自転車でかようことを思うと気が重くなった。休み中なんどか話
がでて、岬でへやでもかりようかともいてもみたが、けっきょくは自転
車をつづけることになったのである。
自転車も、朝はよいけれど、やけつくような、暑熱のてりかえす道を、
せなかに夕日をうけてもどってくるときのつらさは、ときに息もとまる
かと思うこともある。岬の村は目の前なのに、日がなまいにち、ばか念
をいれて、入り海をぐるりとまわってかようことをかんがえると、くや
しくてならない。しかも自転車は岬の村の人たちの気にいらないという
のだ。
あんちきしょ。
口に出してはいわないが、目のまえによこたわる岬をにらまえると、
思わず足に力がはいる。めずらしく波のざわめく入り江の海を右にへだ
てて、岬に逆行して走りながら、ああ、と思った。きょうは二百十日な
のだ。
そうと気がつくと、なんとなくあらしをふくんだ風が、じゃけんにほ
おをなぐり、潮っぽいかおりをぞんぶんにただよわせている。岬の山の
てっぺんが、かすかにゆれうごいているようなのは、外海の波のあらさ
を思わせて、ちょっと不安にもなった。とちゅうで自転車をおりねばな
らないかもしれぬからなのだ。そうなると自転車ほどじゃまものはない。
しかし、だからといっていまおりるわけにはもういかないのだとかんが
えながら、いつしか、空想は羽のある鳥のようにとびまわっていた。
・・・風よ、なげ。アリババのようにわたしが命令をくだすと、風は
たちまち力をぬいて、海はうそのようにしずまりかえる。まるで、いま、
ねむりからさめたばかりの湖のようなしずかさです。橋よ、かかれ。さ
っとわたしがひとさし指をまえにのばすと、海の上にはたちまち橋がか
かる。りっぱな、にじのようにきれいな橋です。わたしだけに見える、
そして、わたしだけがとおれる橋なのです。わたしの自転車は、そっと
その橋の上にさしかかります。わたしはゆっくりとペダルをふみます。
あわてて海におちこむとたいへんですから、こうして七色のそり橋をわ
たりましたが、いつもより四十五分も早く岬の村へつきました。
さあたいへんです。わたしのすがたを見た村の人たちは、いそいでと
けいの針を四十五分ほどすすめるし、子どもたちときたら、見るも気の
どくなほどあわてふためいて、たべかけの朝飯をのどにつめ、あとはろ
くにたべずに家をとびだしました。わたしが学校につくと、いまおきだ
したばかりの男先生はおどろいて井戸ばたにかけつけ、手水をつかいは
じめるし、年をとったおくさんはおくさんで、ねまきもきかえるまがな
く、しいわらいをし、そっと目もとや口もとをこすりました。目のわる
いおくさんは、朝おきるといつも目やにがたまっているのです・・・。
ここだけはほんとのことなので、思わずくすっとわらったとき、空想は
きりのようにきえてしまった。ゆくてから、風にみだされながらいつも
の声がきこえたのである。
「小石せんせえ。」
つづく
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ おわり ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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