西国霊場めぐり
第三番 風猛山 粉河寺
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【第三番 風猛山 粉河寺】
宗派:粉河観音宗(総本山)
本尊:千手千眼観世音菩薩
開基:大伴孔子古
創建:宝亀元(770)年
御詠歌:父母の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓い たのもしの身や
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創建の由来を描いた粉河寺縁起絵巻。
和歌山市から紀ノ川を25qほど遡ったところ、粉河の町の中にある。
【由来】
寺の由来は国宝『粉河寺縁起絵巻』に詳しく記されている。それによると、宝亀元(770)年、粉河の猟師大伴孔子古が、
風猛山で獣を追っていると地面が光を放っている場所を見つけ庵を建てたが、安置する仏像がない。そこへ童姿の行
者(童男行者)が現れ、7日の間に仏像を作ることを約束した。7日目に庵を開けると行者の姿はなく、千手観世音
像が立っていた。孔子古はその観音像を大切に祀ったという。これが粉河寺の始まり。
また河内国の長者の娘が病で苦しんでいるところへ童男行者が現れ、娘の病を治した。長者は紅の袴と箸箱をお
礼に贈った。翌年、長者親子が粉河寺の行者を訪ねると千手観音に袴が掛けられ箸箱を持っていた。親子は驚き、
各自が出家して寺を建て直したという物語も記されている。
寺は鎌倉時代に最盛期を迎えるが、豊臣秀吉の紀州攻めによって堂宇伽藍の大半を焼失。現在の諸堂は江戸中
期に紀州徳川家の保護によって再建された。
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