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四国八十八ヶ所 第七十四番 医王山多宝院 甲山寺

所在地:〒765-0071 香川県善通寺市弘田町1765−1
電話:0877-63-0074
宿泊施設:なし

【由来】
弘法大師が幼少のころ、近くの仙遊ヶ原で土の仏像や草の小堂をつくったりしてあそんだという遊び場だった。
大師が成人され、善通寺と曼茶羅寺の間に伽蓋を建立しようと、霊地をさがしていたとき、甲山のふもとの岩窟から一人の 老翁が現われお告げをうけた。
そこでさっそく毘沙門天像を刻んで岩窟の中へ安置したのがはじまりといわれる。その後、弘仁十二年(八二一年)嵯峨天皇から満濃池 の修築を下向され大師は薬師如来を刻んで工事成功を祈願し、工事完了後、この像をご本尊として安置したという。

【民話】
昔、仙遊ヶ原の近くに小杉という娘がいた。
家は宿屋だった。実母がなくなり、継母が来て、お玉という義妹が生まれた。小杉はやさし いよく働く娘だったが、継母は実子お玉を可愛がり、小杉を事あるごとにいじめたそうな。
父がなくなり、ある年の夜、小杉は富士山の夢を見た。それを聞いた継母は、小杉のその 夢をお玉に譲ってくれといったが、断られたのでいっそう小杉を憎んだ。
春、殿様と若殿が小杉の家に泊った。継母は小杉に木綿、お玉に絹の着物を着せて給仕をさせた。小杉の 活花を見た若殿は、小杉が気に入り三日三晩滞在した。
城に帰った若殿から小杉へ手紙が 届いた。彼女を城へ迎えたいというのだ。継母は小杉に渡さず、その手紙を読み、小杉に は寝小便と盗みの癖があると嘘をついた。若殿からそれでもかまわぬとの返事が来ても捨 ておいたが、小杉は若殿の子を身ごもる。
若殿は家来に頼み、小杉に手紙を送る。継母はかたわの子が生れたと書く。若殿は不具でも いい、大切に育ててくれ…と。
継母は逆上し、下男に命じて小杉を山へ連れ出し、そ の両手を切り、家から追い出す。身重の小杉は巡礼の旅に出て男児を生む。だが両手がな いので子に乳を飲ますこともできぬ。
若殿が江戸からの帰り、小杉の家に寄ると、小杉が見えない。
「どうしたか。」
と聞くと、
「小杉は悪事を働いた故、親子の縁を切り、捨子にした。だからお玉をもらって…。」
というが、小杉に限ってと若殿は信じない。
継母は小杉が死ねば若殿の愛がお玉に移ると思い、男に命じて小杉を追わせる。男は山道 で小杉母子に追い着くく。小杉は我が命と引き替えに子供を助けてと必死に頼むが、男は母 子とも谷へ突き落とす。その時、弘法大師が現れ、松の根にかかっていた親子を救う。
九死に一生を得た小杉がお礼に善光寺へ参り、かたわらの茶店で休んでいると、背中の 子が
「父ちゃん」
と呼ぶ。そこに探し求めた夫がいた。再会の喜びにひたる親子三人。 のどのかわきをいやそうと、小杉が小川の水を飲もうとすると、お大師さんのお蔭で両手 がもと通りになる。継母はお大師さんの罰で両手がなくなる。お玉は病んで死に、継母は 旅に出てその菩提を弔う。小杉と子は城に引き取られ、一家むつまじく幸せに暮らしたと いう。

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