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四国八十八ヶ所霊場 第六十七番 小松尾山不動光院 大興寺
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所在地:〒768-0101 香川県三豊市山本町辻4209 電話:0875-63-2341 宿泊施設:なし
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【由来】
弘仁十三年(八二二)、嵯峨天皇の勅命で弘法大師が熊野三所権現鎮護の霊場として会創。
本尊の薬師如来を刻まれ安置したのがはじまりという。この寺はその昔、真言宗と天台宗の二宗派によって
管理されていたといわれ、真言二十四坊、天台十二坊を持っていた。
そのころの名残りとしていまも本堂の左右に真言、天台の大師堂があるという珍しい寺である。
繁栄をつづけていた大興寺だが、天正の兵火にあい本堂以外の堂宇は殆ど焼失している。現在の本堂は慶
長年間(一五九六〜一六一四)の頃に両建されたものである。 なお本尊は秘仏で六十一年毎に開帳されている。
【民話】
雲辺寺をあとに、山を下ると緑豊かな三豊平野の一角にある大興寺、その山門
には大興寺を守るにふさわしい威厳のある力強い仁王さんが立っています。
鎌倉時代初期に作られ、四国では一番古い仁王さんととわれています。仁王さんの頭
の部分は江戸時代に替えられていますがそれには次のような話が伝わっています。
江戸時代、八百屋お七と吉三郎の恋物語があり、結ばれない恋を悲しんだお七
が家に火をつけ江戸の大火を起こし死んでしまったのでした。このことを悲しん
だ吉三郎は死んだお七の冥福を祈って四国八十八ヵ所の札所巡拝をしました。こ
の時、大興寺に来た吉三郎は山門の仁王さんの首の部分が傷んでいるのに気が付
いたのでした。お七の供養のために仁王さんの首を新しいものにしよう、こう決
めた吉三郎は住職の許しをもらい傷んだ首の部分をぱずし、自分の背中に背負い
四国中を勧進して歩いたのです。首の部分だけといっても大きな仁王さんの首で
すから大変重く吉三郎にとっては辛い勧進でしたが、やがて修理が出来るだけの
お金が集まりました。そして仁王さんの首は再び新しくなったのです。
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