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四国八十八ヶ所霊場 第二十一番 舎心山常住院 太龍寺

所在地:〒771-5173 徳島県阿南市加茂町龍山2
電話:0884-62-2021
宿泊施設:なし

【由来】
「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と呼ばれる阿波の難所寺。
桓武天皇勅願寺、延暦十二年(七九三年)、帝の勅命により、弘法大師が開基した寺。本尊の虚空蔵菩薩も大師作。大師十九歳のとき太 龍ケ嶽によじ登られ、南舎心嶽で求聞持法を修された、とその著書「三教指帰」に記録されている。
太龍寺は四国山脈の西南端に位置し、海抜六百メートルの山頂近く、巨杉に囲まれた霊地。山号の由 来は舎心の霊蹟にちなんで舎心山と号し、寺号は求聞持法の修行中の大師を守護した大龍「龍神守護」の意から生じたもので太龍寺と 命名したという。太龍寺は西の高野といわれているとおり、広大な寺領、千余年の巨杉、壮大な寺である。当時も気の遠くなるような 長年月間に、いくたびの興廃があったが、皇家、武将たちの厚い保護があって現在にいたっている。

【民話】
お大師さまが二十四歳のときに書かれた「三教指帰」という書物には、虚空蔵菩薩 を信じてその言葉に従い十九歳のときに修行の場所を求めてここ大滝岳の南舎心岳で 求聞持法を修行されたことが書かれています。
お大師さまは「虚空蔵菩薩の真言を一百万遍唱えれば一切の教法の文義が暗記でき る」という言葉を信じ、十分に理解して自分のものにするために修行の地を探して四 国各地を歩かれここ大龍岳へ登られたのでした。
お大師さまが大龍岳を目指して山の麓まで来られたときのことです。山の麓の村人 達が皆悲しそうな顔をしているので、お大師さまは不思議に思いそのわけを尋ねます と「大きな龍が現われて、一生懸命作った農作物を荒らしてしまいます。」と言い、悪 い龍におびえてどうしようもなかったのでした。
そこでお大師さまは仏法の威力で悪い龍をこらしめ山麓の石窟に封じ込めました。 この石窟は「龍の窟」と呼ばれ、奥行は百メートル余りあり、洞内の最も広い所を千 畳敷といい、狭い所を龍の背割といわれています。
又、お大師さまが大龍岳へ登られるときの伝説としては次のような話が伝わっています。
お大師さまが麓の今の鷲敷町まで来られたとき、道に迷い、たまたま蛙子神杜に行き つきそこで祈願をされているとお告げがあり剣をくわえた鷲が飛んで来たのでした。
お大師さまは鷲に導かれ大龍岳の山頂へ難なく登って行くことが出来たのでした。そ して、山頂近くまで来たときに、鷲はくわえていた剣を放しました。剣の落ちた所が 現在の太龍寺なのです。鷲がお寺を開くのにふさわしい場所をお大師さまに教えたの でしよう。
本堂の裏には、太龍寺の鎮守として蛙子神杜の氏神が今も祀られています。

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