かつや旅館

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昭和62年の映画撮影が行われた所。おなじみの感動シーン。子供達が大石先生を慕い、どうしても 合いたくなって、とうとう先生のお家までてくてくと歩き出した。内海湾をぐるっと回るのだが子供達の足では少しばかり遠かった。
「おなご先生、びっくりするど。」
「おう、よろこぶど。」
 コトエひとりは先頭に立ってみんなをふりかえった。走っていって走ってか えるはずなのに、だれもかれものんびりとあるいていると思った。いけばわか るのに、みんな口々におなご先生のことばかりいっている。
「おなご先生、ちんばひいてあるくんど。」
「おなご先生の足、まだいたいんかしらん。」 「そりゃいたいから、ちんばひくんじゃないか。」
 するとソンキは、ちょこちょことまえにすすみ、
「な、みんな、アキレスはここじゃど。このふといすじが、切れたんど。」
 じぶんのアキレス腱のあたりをさすってみせ、
「こんなとこが切れたんじゃもん、いとうのうて。」

このように言ってあるいているうち、

 とつぜん、コトエがなきだしてしまった。昼飯ぬきのかの女は、つかれかた もまた早かったろうし、がまんできなくなったのだろう。道ばたにしゃがんで、 ええん、ええんと、声を出してないた。すると、ミサ子と富士子がさそわれて、 しくしくやりだした。 みんなは立ちどまって、ぽかんとした顔でないている 三人を見ていた。じぶんたちもなきたいほどなのだ。げんきづけてやることば など、出てこなかった。きびすをかえせばよいのだ。もうかえろうや、と、だ れかがいえばよいのだ。
 しかしだれも、それさえいいだす力がなかった。マスノや子ツルさえ、困惑 の色をうかべていた。かの女たちにしても、なきだしたかったのだ。しかしな けなかった。いっそ、みんなでなきだせば、どこからかすくいの手がのべられ るだろうが、それにも気がつかなかった。
 初秋の空は晴れわたって、午後の日ざしはこのおさない一団を、白くかわい た道のまん中に、異様さを見せてうしろからてらしていた。家へかえりたいき もちはしぜんにあらわれて、しらずしらずあるいてきた道の方をむいて立って いたのである。その前方から、警笛とともに、銀色の乗り合いバスが走ってき た。しゅんかん、十二人は一つのきもちにむすばれ、せまい道ばたの草むらの 中に一列によけて、バスをむかえた。コトエさえももうないてはいず、一心に バスを見まもっていた。
 もうもうと、けむりのように白い砂ぼこりをたてて、バスは目のまえを通り すぎようとした。と、そのまどから、思いがけぬ顔が見え、
「あら、あら!」
といったと思うと、バスは走りぬけた。大石先生なのだ。
 わあっ。
 思わず道へとびだすと、歓声をあげながらバスのあとをおって走った。あた らしい力がどこからわいたのか、みんなの足は早かった。
「せんせえ。」